潔い女性(ひと):詩人 茨木のり子さん
先日たまたまダウンロードして読んだカナダ人作家ルピ・クーアの詩集「ミルクとはちみつ」、とても好きになり、早速ブログでも紹介した(下記参照)。そして、その詩集から思い出したのが、茨木のりこさんの詩。私は詩にはとんと疎く、ほとんどその世界とは無縁の人間だが、もう10年程前に、確か雑誌「クロワッサン」に、茨城のり子さんの記事が載っていた。その小気味よいリズムの詩を読んで、いたく気に入り、その雑誌のページを切り抜いて取っておいた。
すっかりファイルの中に埋もれていたその切り抜きを引っ張り出し、改めて読んでみた。その切り抜きにある彼女の詩:
「自分の感受性くらい」
ぱさぱさに乾いてゆく心を/ひとのせいにはするな/自ら水やりを怠っておいて
気難しくなってきたのを/友人のせいにはするな/しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを/近親のせいにはするな/なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを/暮しのせいにはするな/そもそもが ひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を/時代のせいにはするな/わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい/自分で守れ/ばかものよ
と何とも耳に痛く、でも心地よい。だから、私自身も背骨を伸ばしてしゃんとしないといけないなあと思ってしまう。
彼女についてネットでも調べてみたら、こちらに詳しい:茨木のり子・感動の詩
「私が一番きれいだったとき」という詩は、多くの教科書に掲載され、アメリカのフォークシンガーが曲を付けて歌ったそうだ。読んでみたが、とても良い。また、73歳の時の作だという「倚りかからず」も小気味よく、力強い。彼女の生き様が凝縮されているよう。
全く違うタイプの詩を書く二人の詩人、茨城のり子とルピ・クーア。共通しているのは、二人共、強い女性であるというところ(と詩を読んで思える)。何だか元気づけられるのである☆
ルピ・クーアについて書いた文書はこちら: carolina-blue.hatenablog.com