アメリカのほほん手帖

アメリカ東海岸在住16年、暮らしの諸々について綴ります

ロウソクの灯 @ ギリシア正教会の復活大祭(パスハ)

先日、このブログで、私が以前ニューヨークに住んでいた時の話として、ギリシャ人のフラットメイトが作ってくれたギリシャ風レモンライススープの話を紹介したのだが、その彼女にまつまるもう一つのエピソードを思い出した。スープの文章はこちら参照:

carolina-blue.hatenablog.com

フラットメイトの名前はエレニーだが、ある時、彼女にギリシャ正教会の復活祭があるので、一緒に教会へ行こうと誘われ、地下鉄で出かけた。教会では復活祭のミサに参加したが、長いひげを蓄えた立派な僧服に身を包んだ司祭が、朗々と響く声で祈祷を行うのを聞いていると、何だか中世の時代に紛れ込んだかのような気がしたのを覚えている。また、ミサの終盤には、鎖で吊るされた”振り香炉”と呼ばれる香炉が大きく振られ、そこから立ち上る煙も動きに合わせてゆっくりと動くのを見ていると、この世とあの世の境目を目にしているような不思議な感じがした。この”振り香炉”の意味するところは、ウィキペディアによると、

香炉から立ち上る煙のように祈りが天に届く事を祈願し記憶するという精神的な意味がある

振り香炉 - Wikipedia 私の祈りも天に届いたであろうか。

 この異邦人である私にとっては、ちょっと神秘的な印象のギリシア正教会のミサであったが、もう一つ印象に残っているのが、ロウソクの灯りである。教会のロウソクから参加者が灯りを分かち合い、ミサは終盤へと進んでいったはずだが、最後、一部の参加者は、火の灯されたロウソクを手に持ち、教会を後にした。これについて、再びウィキで調べてみると、以下の説明があった:

なお国によってはこの蝋燭を灯したまま家に持ち帰り、家庭の火をそれによって灯す

 復活大祭 - Wikipedia

 エレニーも手にロウソクを持っていて、我々の住む122丁目のアパートまで持ち帰ると言う。しかし、その教会から徒歩で帰るには遠すぎるし、地下鉄では火の持ち込みは勿論無理、そこで、タクシーを拾った。運転手さんは、見てみぬふりをしてくれていたのだろう、火のついたロウソクを手にした女性二人を無事に目的地まで届けてくれた。エレニーは、火が消えないように必死であった。消えてしまうと、幸運も逃してしまうとでも言うように。そして、無事に8階の部屋までたどり着き、一件落着である。いやしかし、もう一つあった。持ち帰ったロウソクから家のロウソクに火を移すと、持ち帰ったロウソクは消し、その煤で彼女の部屋のドアの上に黒い印をつけた。これが何を意味していたのかは定かではないが、私の記憶にはしっかりと刻まれた。

今年、2018年のギリシア正教会のイースター(復活祭)は、ユリウス暦により4月8日の日曜日である(カトリックやプロテスタントのイースターは、グレゴリオ暦により、4月1日)。この日は、イースターエッグとギリシア風レモンライススープを作って、高校生の息子に、母の思い出話を語って聞かせることにしよう。